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ベトナム研修

178 2008年10月19日
ベトナム研修
中国製冷凍ギョーザ事件が解決を見ないうちに今度は中国製冷凍インゲンから殺虫剤ジクロルボスが検出されました。両方とも検出された濃度から見て、原料の食材に残留していたのではなく、事故か故意に入れたものと言われています。昨年、大連の食品工場を見学した感じで言いますと、日本の食品企業が指導している工場は衛生管理がしっかりしているとの印象を持っています。輸入元のJT、株式会社ニチレイの国内工場は見学した事があります。両方ともHACCPを採用して衛生管理はしっかりしており、中国の両工場は見学したことはありませんが、輸入元のJT、ニチレイが取引している工場ならしっかり指導されていたことと思います。工程上のミスで農薬が混入する事は無いと思います。ニチレイは農場、工場ともジクロルボスは使用してないと発表していす。今回の農薬事件も故意に入れられた犯罪だと思います。犯人の意図はわかりませんが、中国は反日感情が強く同様な事件が2件続き、狙ったのは日本の1流の食品企業の製品、日本でのマスコミの反応、日本人の反応と考えてくるとテロと見た方がよさそうです。

このような影響で産業界は中国からベトナム、インドとシフトを変えていく動きがあります。8月31日から9月4日の日程で食品安全ネットワーク主催のベトナム・ホーチミンISO/HACCP研修にいきました。
今のベトナムは私が最初に海外旅行に行った15年前のタイと街の様子が良く似ています。街には雲霞の様にバイクが群れをなして走り回っていて、大変活気があります。最初の見学はホテルの近くのベンタン市場です。市場の規模は大きく、間口の狭い店に商品をうずたかく積み上げ、色々な物が売られていました。市場は面白いですね。卸売り市場の機能を持っているようです。バンコクのサンディマーケットに感じが似ていました。さっそく、市場の小さな食堂でベトナムの麺であるフォーをいただきました。こういう現地の人が多く利用する麺屋さんは美味いのです。日本人観光客は食べないでしょう。客が多く、しっかり火の通った料理は大丈夫です。ツアーでは、食事が決まっていますので、味見程度で1杯を3人で食べました。また、車から見る街角にフランスパンにハムや野菜をはさんだサンドウィッチ屋をよく見かけましたが、美味しそうでしたがこちらは食べる機会がありませんでした。

今回ベトナムの缶詰工場を案内してくれたバイヤーの生見昌宏氏にベトナムのあれこれを聞いてみました。生見昌宏氏は水産関係の仕事でアジア全般に行っていましたが、上海、ソウル、台湾、拠点を変えてきて、7年前からベトナムに拠点をかえました。
「ベトナムは人件費が安いこと、しかし、最近はインフレで賃金は上昇してきて、労働争議が起きていているのでこれからは大変かもしれません。共産主義の国ですから。中国と比べてどうかとの質問がよくきます。中国は人件費の上昇が激しく、なかにはとりとめのない要求があり人の管理は難しくなっていますし、規制が突然変わることがあります。過去日本の食品工場は、韓国→台湾→タイ→中国となり、ギョウザ事件以降ベトナムにシフトしています。ベトナムには保税加工という原材料の輸入に関税がかからず、加工したら輸出するシステムがあります。しかし、まだ、魚介類の生食用を製造するには課題が残っているように思います。
 ベトナム人は比較的親日的で、頭もよく、勤勉で日本に学ぶという気風があります。目上を尊敬し家族を大事にします。過去、日本軍が進出してきて、当時ベトナムで大量の米を買い占め日本に送ったために食糧危機が起こったという歴史もある反面、今だに日露戦争で大国ロシアのバルチック艦隊を負かしたということを知っていて、日本を尊敬している人も多いとのことです。ベトナムでは「阿吽の呼吸」が通じることがあり、相手の事を察知する事ができる人がいます。今まで私が行った国ではなかったことです。
 日本のバイヤーは、注文や規制が厳しく価格を押さえるので、日本に商品が行かなくなる恐れがあります。入札でも日本は下の方で高級魚はヨーロッパ、ロシア、中国に流れています。養殖魚でパサ―という魚があり、白身魚のフライして美味しいので良く売れていましたが、表示な改正で「ベトナムなまず」と書かないといけなくなりパッタリ売れなくなり、今はヨーロッパに行っています。」

次に見学にいった「ACECOOK VIETNAM」でのお話しです。名前かもわかるように日本に本社がある即席麺の工場です。会社でたった一人の日本人である社長さんに案内していただきました。設立当初は毎年社長が日本から来ていましたが、トップがくるくる変わりと方針が定まらないとの意見が出たので、私が定年までベトナムにいることにしました。実は前日の夕食中に家内の携帯に娘からメールがはいり、「福田首相の辞職」のニュースが飛び込んできました。日本の総理は1年毎に変わりますこれじゃ日本は安定しませんね。
社長さんは、「ドイモイ政策のおかげで海外からの投資が盛んで、高い成長率を維持しています。当初うちの社の製品は良い原料を使いますので地元の商品より高く競争になりませんでしたが、品質を落とさず頑張ってきました。少しづつ価格差が少なくなり、売れそうな見通しになった時、本社からの資本増強が出来ず地元の資本家が協力してくれて工場を増設して来て成功しました。今ではベトナムの即席麺のシュア70%を占め、アジアに輸出しています。東南アジアは即席麺の需要は高いと思いますし、現地にあう商品を開発していきます、私を除いてベトナム人で運営しています。日本の本社とは技術指導位で本社の邪魔をしないように日本にはまったく輸出していません。
ベトナムでは多くの若者は将来に希望や夢を持っており、若者の自殺はほとんどありません。当社の社員もまじめに働いています」
 「ACECOOK VIETNAM」はベトナムにしっかり根を下ろしたベトナムの工場でした。研修の最終日スーパーに行きました。多くの人が日本で売ってないACECOOKのフォーの即席麺をお土産に買っていました。

 社長さんは日本の若者についてもお話ししました。今日本は若者だけでなく年金、食品と不安心理が充満しています。私の子供の頃は食糧難で芋粥、芋の茎も食べてすごし、やっと苦しい時代を抜け出した頃は多くの人が将来に希望を見てました。今よりずっと貧しいかったのですが。
私は15年前友人3人で2週間休みを取って、航空券を持って計画なしでタイを旅しました。空港からホテルに電話して、宿を確保し、バーミーやおかゆ、カーオ・パットを屋台や町の食堂で食べて回り、特にはアラブ街で豆カレーやナンを食べて、観光地にも行かずぶらぶらと過ごしていました。マイペンライ 「気にしない」、「大丈夫」、 難しいこと・細かいこと考えずに、気楽にいこう。その2週間で何となく私の人生観が変わり、不安感が減りました。
私の人生観を変える旅を共にした藤本喬君は平成16年風呂場で倒れ返らぬ人になりました。定年前の享年58歳でした。さらにタイに一緒に行った眞子俊博君も今年10月14日仕事の帰り乗っていたバイクと自動車が衝突し帰らぬ人となりました。享年58歳でした。
ベトナムのことを書いていて思い出が湧いてきました。私の生き方を変えた私の大事な友人を亡くした悲しみでいっぱいです。両人のご冥福をお祈りします。
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