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私のルーツを探す旅

168 2008年5月18日
 私のルーツを探す旅
 4月16日から中国上海に旅しました。私のルーツを探す旅です。上海で生まれたというと外国生まれと思われそうですが、私は昭和19年終戦の前の年の生まれでその頃は上海にはパスポート無しで行く事が出来て10万人以上日本人がいました。父は浄土宗の僧侶でその関係で上海に行っていました。父が召集されたため母と兄の3人で終戦前に日本に引き上げましたので、残留孤児にはなりませんでした。同年代には同じような境遇の人も多くいます。兄も私も上海の記憶や思い出はありませんが、私の戸籍に「上海九龍路749」と記載されているのが手がかりです。
 一昨年上海に旅した時、ガイドや運転手に聞いたところ、魯迅公園の近くだと教えてくれました。その近くに旧西本願寺もあり、戦前日本人が多く住んでいた共同租界といわれる辺りでした。その時は時間が取りませんでしたので改めて今回の旅を計画しました。
私達夫婦と2歳まで上海で過ごした兄の3人でJTBのパック旅行を利用し最後の1日にガイドと車をチャーターして「九龍路749」を探すことにしました。
旅行するに当たりインターネットで調べると良い資料が見つかりました。
  http://www.explore.ne.jp/feature/sanpo/sanpo5-1.html
 
 租界の成立は1839年のアヘン戦争によりイギリスが清から香港の割譲、広東、厦門、福州、寧波、上海の開港を得て、居住地として指定されたことに始まります。イギリスに続いてアメリカ、フランス、ドイツと居住地を確保し、アメリカ租界とイギリス租界が合同し共同租界となりました。そして1895年日本が日清戦争に勝利し上海の共同租界に進出してきました。

上海の共同租界の探訪のスタート地点は魯迅公園からです。パック旅行では麺類やギョウザはでませんので、運転手にお昼は麺の美味しいと所に行くように頼んでいました。魯迅公園前に麺の赤い看板のある「呉越人家」に行きました。午後1時前でしたが店内は満員状態でしたがお昼時の終わりで程なく席が開きました。かなりの人気店と見ました。
 メニューは豊富で麺だけで30種類位あります。私は当地の名物の豚のスペアリブを頼みました。こぶし位の大きさの物が小皿入れてでます。麺はそうめん位の細さで結構こしがあります。つゆは強い個性はなく、具材と一緒に食べるには美味しいつゆです。具材をそのまま食べたり、麺に入れて食べたりします。どんぶりは日本より1回り大きく日本のラーメンの1.5倍位の分量があります。これで29元(430円)でした。メニューには15元から32元位でした。4人分で90元(1300円)でした。ボリュームも味も十分満足できる麺でした。現地の人、特に運転手は美味しい店をよく知っています。安全を確保するには「熱々の料理」で客が多い店を選ぶことです。

 魯迅公園は日本人との交流があった作家の魯迅の記念館や魯迅の像があり、当時母がよく散歩に来たと言っていました。大きな木々が点在する広場では三々五々楽器を演奏したり歌を歌ったり、民族舞踊をしているグループがいました。上海の老人の社交場といった趣のある落ち着いた公園です。

 魯迅公園から南に行くと多倫路文化名人街の門があり、すぐ横に旧知恩院があります。
イスラムスタイルの建築で、彫刻やアーケード式のベランダ、アラビアタイル張りの壁が美しい建物です。父は浄土宗でしたから、ここに出入りしていたのでしょう。
多倫路文化名人街は古い建物が多く残っていて、落ち着いた歴史を感じさせる通りとなっています。近くには旧西本願寺があり、インド風建築で壁に細かな彫刻があり独特な雰囲気を醸し出しています。人が住んでおり、中には入る事ができませんが、知恩院といい戦前にも関わらず素晴らしい建物を残しています。
数回、道を尋ねて「九龍路749」を見つけました。ブルーの有限公司の看板があり、改築されてはいるのでしょうが、戦前と同じ地番が残っていました。川沿いの町工場の雰囲気の通りでした。そう私の人生は此処から始まったのです。

 今回共同租界を訪ねてみて、確かに日本は中国を侵略したのは間違いないのですが、侵略のイメージが奪い取るだけでなく、戦前も製品を製造する工場を建設しており、列強諸国の収奪とは違っているように感じました。ポルトガル、スペイン、イギリスの初期の植民地政策は収奪を目的としていて、アヘン戦争のように茶、陶磁器、絹を大量に清から輸入しアヘンを売りつけていました。遅れて来た日本は一方的に奪うのでなく防織工場を作り産業振興といった建設的なこともしています。

農薬入りギョウザやチベット問題で今中国は人気は急落しています。確かに日本人旅行者は観光地や繁華街でも2年前より激減していました。中国も町を歩いても何となく反日の雰囲気があり、これからの両国の関係は前途多難でしょうね。
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